2017年05月27日

怖くなりそうな小説2727

 彼のいない時間なんてもう考えられなくなっていた。人は、大切なものが増えるほど弱くなる。守るべきものがあるから強くなれるというのは正しいのかもしれないけれど、それは諸刃の剣のようなものだ。強くなれる代わりに、それを失う恐怖が生まれ、そしてそれを失ったときに弱くなる。いや、弱くなるだけでなく、壊れてしまうことだってある。だから私は、彼を守らなければならない。見えない、気配だけしかない彼を。けれど、見えないのだから、守りようがない。それでも、この時間は、彼との時間は守らないといけない。それなのに。ある時目覚めると、彼の気配がなかった。動かず少し待ってみたけれど、やはり気配がない。急に怖くなって、私はあちこち動き回ってみたけれど、彼がいる気配がしない。他の存在の気配はあるのだけれど、彼とは違う気配だった。いつも一緒だったからその違いは分かる。何故なのか。彼はどこに行ったのか。考えれば考えるほど混乱して、息をするのさえつらくなる。思考がまともに働かなくて、思わず叫んでしまったり、頭を殴ったり、それでも彼は戻ってこない。私の大切なものは壊れてしまったのだ。気持ちを落ち着けようとしたけれど、落ち着かない。もう一度眠ったら、次に目が覚めた時また彼が傍にいるかもしれない、と思って、眠ろうとしたけれど、寝付くことなんてできなかった。世界が真っ暗になって、私はこのまま消えてしまいたいとさえ思った。そして気が付くと私は、ビルの屋上に立っていた。
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2017年05月26日

怖くなりそうな小説2726

 気のせいかもしれない。あるいは、そうであってほしいという願望なのかもしれない。それが真実なのかどうか分からないというのは、ある意味いいことだ。だって私自身でどちらなのかを決めることができるのだから。もちろんそれは間違えているかもしれないけれど、でももし一生真実が分からないのだとしたら、私自身が信じているものこそが真実になる。私はその見えない誰かに、貴志という名前を付けた。何故か私はこの名前が好きなのだ。別に過去にこの名前の人に恋をしただとかそういうような記憶はない。そもそも身の回りにこの名前の人はいなかったと思う。テレビや漫画で見たわけでもないような気がする。とにかく原因は分からないけれどこの名前が好きで、だから私は彼にその名前を付けたのだ。貴志はいつもそばにいてくれて、何も言わないけれど私の話を聞いてくれる。私は声を出して話しかけることもあれば、心の中で話すだけの時もある。彼はそのどちらの場合も、私の話を聞いてくれるのだ。食事をしながら、本を読みながら、歩きながら、どんな時でも私は彼と一緒で、何かあるたびに彼に話しかけるようになった。私は一人ではなくなったのだ。そして、少し怖くなった。一人でいるときは何も怖くなかったのに。彼と一緒にいると、一人になるのが怖くなったのだ。彼がいなくなるのが、とても怖くなったのだ。いつも起きたら彼の気配を探す。気配があって、ほっとする。そうして一日が始まる。そんな毎日を私は繰り返した。
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2017年05月25日

怖くなりそうな小説2725

 そんなふうに思っていた矢先、それは突然起こった。何かの気配を感じたのだ。最初は気のせいかと思ったけれど、次第にそれは増えていった。それも、あちこちに。もしかしたら最初からずっといて、私が気づかなかっただけなのかもしれない。けれど、触れることも見ることもできないけれど、それは確かにいるのだ。そしてそれはおそらく、人間だった。いや、人間の幽霊と言えばいいのだろうか。見えないし触れないのだから。けれど確かにそれは人間なのだ。会話が聞こえるわけでもないし、何をしているのかも分からないけれど、それでもやはり人間なのだ。私は彼らの存在に気づいて、最初は気味が悪かったけれど、次第に慣れていった。むしろ、誰もいないのと比べたら、少し安らぐような気持ちさえした。もしかしたら、慣れたつもりで、私は寂しかったのかもしれない。そして実際私は、その見えない誰かに向かって、話しかけるようにさえなった。感じるしかできないその見えない人たちは、意外と気さくなのか、私の話をちゃんと聞いてくれるのだ。それに対して何か言ったりするわけでもないし、そもそもそんなことはできないのだけれど、それでも私は満足だった。私は漫画を読んでその感想を話したり、普段思っていることを話したり、この世界について話したり、とにかくいろんなことを、側にいるその誰かに話すようになった。その時その時に近くにいる誰かに話しているつもりだったけれど、しばらくして、いつも話を聞いてくれているのは、特定の誰かなのだと思った。
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